ドアをノックする際のマナーの話である。なんでも、ドアのノックを2回するというのは、トイレの空室を確かめる時の回数なのだそうだ。
そのため、就職の面接の際、あるいは上司の部屋を訪ねた際などに、入室前にドアを2回ノックするのはビジネスマナーとしてよろしくないということである。
もちろん他の人の部屋へ入る際、ドアをノックをして入室の許可を得るのは常識ではあるが、回数まで決まっているとは知らなかった。
しかし、これは本当なのであろうか。そこで、「ノックの回数」に根拠があるのか確かめてみたい。
ノックの回数には意味がある?
先日、ノックの回数に関して、下記のような記事がでた。
上の記事には、次のようにある。
日本においては、「国際マナーに合わせてノック2回はやめたほうがいいけど、正式マナーの4回だとなんだかしつこい感じがするし……」という流れがあって、最近のビジネスマナー本では“3回ノックが適切”というアドバイスをよく見かけます。
「~なのだそう。」という表現が多くてはっきりしない記事だ。何かを参考にして書いたようなので、いろいろと調べてみることにした。
すると、数多くのウェブサイトで「ノックの回数」の話題が取り上げられているのが分かった。
その中で、キャリアパークのウェブサイトを見てみよう。
上記のサイトには、次のように書かれている。
マナー全般に関して、「プロトコールマナー」と呼ばれる国際標準マナーが存在します。日本マナー・プロトコール協会によると、プロトコールマナーは、国際的なマナーやエチケットの総称です。世界中の人々が文化や宗教の違いを超えて、スムーズに交流できるように世界共通のルールとして定められたものになります。このプロトコールマナーに、ドアノックの回数も正式に定められているのです。
ここでは、
- プロトコールマナーという国際標準マナーが存在する
- プロトコールマナーというのは、「日本マナー・プロトコール協会(実際には日本プロトコール・マナー協会)」によれば、国際的なマナーやエチケットの総称である
- プロトコールマナーに、ドアのノックの回数も正規に定められている
ということが述べられている。
日本プロトコール・マナー協会というのは、マナー関連のセミナービジネスをしている団体で、ウェブサイトは下記となる。
「プロトコールマナー」で検索をしてみると、上記の日本プロトコール・マナー協会以外にも使用している団体を探すことができるが、同様にセミナービジネスを行っているようだ。
しかし、「プロトコールマナーに、ドアのノックの回数も正規に定められている」と書かれているにもかかわらず、「プロトコールマナー」の検索では、その他の詳細な情報は得られなかった。
プロトコールマナーとは?
日本語では全くソースを見つけることができなかったので、英語で検索してみることにする。しかし、「protocol manner」で検索してみても、「protocol」と「manner」の2語が連続して表示されるようなウェブサイトはなかったが、「manners and protocol」というのがあった。
おそらく「プロトコールマナー」というのは「プロトコールとマナー(protocol and manners)」なのであろう。「マナー」の方は分かる。それでは「プロトコール」とは何であろうか?
「プロトコール」については外務省のウェブサイトに詳しく書かれている。
国家間の儀礼上のルールであり、外交を推進するための潤滑油。また、国際的・公式な場で主催者側が示すルールを指すこともある。
外務省によると「プロトコール」の定義は、基本的には国家間、あるいはそれに準ずる場での儀礼のことである。
外務省のウェブサイトにノックの回数に関する記述があるか探してみたが、そのような記述はなかった。
上記の点を考慮すれば、「プロトコールマナー」というのは単に「マナー」、あるいは「ビジネスマナー」ととらえてよさそうである。
海外ではノックの回数が決まっているのか?
それではノックの回数について調べてみたい。
英文サイトでノックの回数を調べてみる
Happy Life Styleというウェブサイトによるとノックの回数は次のように決まっているそうだ。
2回のノックは、トイレ用。3回のノックは、家族・友人・恋人など、親しい相手。4回以上のノックは、初めて訪れた場所や礼儀が必要な相手。
それでは「ノックの回数」に関し、英文で記述されたサイトがあるか調べてみたい。「office etiquette knock(オフィスでのエチケット ノック)」や「business manners knock(ビジネスマナー ノック)」などで検索すると、確かにノックに関して記述されたウェブサイトが表示される。
しかし、それらの記述を読んでも「部屋に入る前にノックをする」という当たり前のことばかりで、いずれもノックの回数には触れていない。
「how many times do you knock」で検索
ノックの回数についての明確なソースは見つけられなかったが、さらに調べてみることにする。
Googleというのは、英語と非常に相性がいい。このような時は素直に知りたいことを文章にして検索してみることである。
ずばり「how many times do you knock(ノックを何回する)」で検索してみることにする。
すると出てくる。
まず、これである。
上記のウェブサイトでは
Personally I would normally do a firm three knocks on a door in most cases, however if it is someone I know well, typically my parents house, then I may tap out a little tune on the door.
との記載がある。
要約すると、この筆者は「個人的には、たいていの場合にしっかりと3回ノックをするが、相手が親しい場合にはリズムをとる」とある。
「リズムをとる」というのは、何らかのメロディになるようにノックをするということである。例えば、ベートーヴェンの「ジャジャジャジャーン」という運命のメロディのようにノックをすることだ。
ここで重要なのは、「ノックを3回」するものの、あくまでも「個人的」に決めているのであって、特別なマナーではないということだ。
YAHOO! ANSWERSでの回答
おそらく日本のYahoo!知恵袋に相当するものであろう「YAHOO! ANSWERS」でもヒットした。
「ノックを何回しますか?」という質問に対し、回答は様々である。ここでのノックとは家やオフィスのドアと推定される。
海外ではトイレのドアは通常開いており、使用する際に閉める形式のものが多い。また、トイレを使用中、ノックをされるのを嫌がる人も多いからである。
YAHOO! ANSWERSの回答によると、ノックの回数は人それぞれで、2~5回ということであろうか。ノックの後に名前を呼ぶというのもある。
次のYAHOO! ANSWERSは興味深い。
上記同様「ノックの回数」についての質問である。
質問者は、下記のような質問をしている。
How many times do you knock when you come in the room?
I heard that There is "protocol manners (International Standard manner)"
about the times you knock the room when coming in."Twice" is when you come in the toilet=so it is bad manners.
"Three times"=when you come in the husband or wife or friend's room.
"Four times"=humbles way of knock (you come in the superior or professor's room).
<source>http://netafull.net/life/035342.html (*Japanese website)I wonder such way of manners is truly exist because I have never heard such manner expect this website. So would you tell me your country's manners of knocking?
場面ごとのノックの回数を記述し、「こんなマナー、本当にあるの?」と聞いているのである。ノックの回数に関するソースは日本語のウェブサイトである。
この質問に対する回答は「そんなの聞いたことがない」というものだ。
ざっと調べてみてもノックの回数が定まっているとは思えない結果であった。
ノックの回数に根拠なし
「ノックの回数に気を付けるように」と広まりだしたのは、それ程昔ではない。どうして最近になってこのようなことが言われるようになったのであろうか。
何らかの根拠がないのなら、「新たなマナーを作り出し、マナー講座をビジネスとしたいからではないのか?」と疑われてもしょうがないだろう。
プロトコール・マナーというのが本当にあり、これからは日本でも国際標準に合わせましょう、というのなら理解できる。
だが、前述のHappy Life Styleのウェブサイトにはこんなことも書かれている。
面接は、礼儀が必要になる場ですから、4回でもかまいません。
実際に欧米の面接では、4回のノックが基本とされています。
ただし、ビジネスの場では、3回に省略することも可能とされています。
面接で入室の際は、3回のノックが好ましいでしょう。
プロトコール・マナーでは、面接の際4回ノックするのが基本なら、4回をすすめればいいのに、なぜ「面接で入室の際は、3回のノックが好ましいでしょう。」となるのか意味不明だ。
なぜ3回としたのか?4回だとしつこいと思われるからだろう。だから3回のノックが好ましいとしているのだろう。
結論は、「ノックの回数に根拠なし」である。当然、ノック2回はトイレ用なんて嘘である。
影響されやすい人が一定数いることが問題だ
ノックの回数に関するビジネスマナーには根拠がなく、確立されたマナーでないことは分かった。
しかし、これからも続くであろう何年にも渡って流される「嘘」には注意が必要だ。
問題は、世の中には何の疑いもなく、すぐに影響されてしまう人が一定数いる。年を取れば賢くなり、簡単にはだまされなくなる、ということはない。
これは年齢に関係ない。あらゆる年代層で、自分では何も調べず、相手の言ったことを鵜呑みにしてしまう人が一定の割合でいるのである。
そして、長い時間をかけて「ノックに関するマナー」が、あたかも本当のマナーのように根付いてしまう可能性もあるだろう。
嘘が本当だと信じられてしまったという事例がある。マザーテレサが言ったといわれる下記の名言だ。
思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。
実は、この名言はマザーテレサの言葉ではない。昔からある格言をマザーテレサが引用しただけである。
しかし、日本ではマザーテレサの言葉として広まってしまっている状況だ。
インターネットの世界では、嘘が拡散されやすい。「ノック2回はトイレ用」なんてものが、日本のマナーとして広がってしまう可能性もあるだろう。
就職活動をする学生の皆さんへ
おそらく、真っ先にこのような嘘の餌食になるのは就職活動をしようとしている学生たちだろう。
就職活動の時の不安な気持ちにつけ込み、高額なマナーのセミナーに誘われるようなこともあるかもしれない。
不安なのは当然である。学生の時とは異なる、新しいルールの世界へ行くのだから。
そのような時に、「これが社会人のルールですよ」と言われたら、信じてしまうのはしょうがないだろう。
決して馬鹿だからではない。初めて行うスポーツで反則を取られ、納得がいかなくても審判から「これがルールだ」と言われれば従うしかない。このような感覚に似ている。
後で調べればいいのである。反則は妥当であったか否かを。妥当でなければ誤審ということだ。
マナーも同じである。もし面接などでノックの回数の話題がでて、「ノック2回はトイレ用」などと言われたら、その根拠を問いただしてみるといいかもしれない。
まともな企業ならノックの回数が採用・不採用に影響することはないだろう。
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