「イサーン」とは、タイの東北部のことである。イサーンの人が自ら「ラオ」と呼ぶように、文化的にはラオスに近い地方である。話す言葉もタイ語ではなく、ラオス語によく似たイサーン語だ。もっとも、タイ語とラオス語も似ているため、外国人には違いがよく分からないかもしれないが。
激辛のイサーン料理
イサーンで特徴的なものは、言語の他に料理の辛さが挙げられる。タイ料理は辛いというイメージがあるが、そのイメージに貢献しているのが激辛のイサーン料理だろう。どれほど辛いかというと、自分が作った料理の辛さで、翌日下痢をしてしまうイサーン人もいるくらい。
なぜそれを知ったかというと、タイ人と大勢で海に行った時のこと。タイ人と言っても、ほとんどがタイ東北部出身のイサーンの人たちだ。海に着いてしばらくすると、女性陣が浜辺でソムタム(タイの辛いサラダ)を作り、それをみんなで食べたのだった。
翌日、私は下痢になった。正確には「翌日」ではなく、その日の夜だ。原因は海辺で食べたソムタムであろうことは容易に予想できた。一緒に海へ行ったタイ人にそのことを話したら、「あのソムタムは辛すぎた」と、作った本人も下痢になったことを打ち明けてくれた。
イサーンのゲテモノ料理
イサーン料理は辛いだけではない。ゲテモノ料理が多いのも特徴的だ。大体、普通のイサーン料理屋でも「Fried frog(カエルを揚げたもの)」のような料理があるので、少しゲテモノ寄りのレストランなら、それはそれはいろいろある。
イサーン出身の知り合いに、イサーン料理店に連れてってもらったことがあるが、辛いものは好きな方なので自信はあった。実際、辛い料理については、ほぼクリアした感じ。
しかし、ある時、知人2人と行ったイサーン料理のレストランでのこと。知人がメニューを見てあれこれと料理を注文し、料理が次々と運ばれてきたが、その中に先のとがった変な物体があった。どうも2人は、得体の知れないゲテモノ料理を注文したようだった。
アヒルのくちばしはお煎餅の味だった
ぱっと見、それが何の料理か分からなかったものの、反射的に「わあ?、きちゃったよ…」と思わざるを得なかった。形からしても、ゲテモノ料理の類であることは間違いないと思えたからだ。2人に尋ねてみると、それは「パーク・ペット(アヒルのくちばし)を焼いたもの」ということであった。
タイのゲテモノ料理に関しては屋台でもよく見かけるので、虫料理については認識していたが、まさかアヒルのくちばしとは思いも寄らなかった。
2人は「食べてみろ」とすすめてきたが、もちろん断った。しかし、知人がエスカレートして、よりきついゲテモノ料理を頼むのを阻止する意味で、アヒルのくちばしにトライすることにした。アヒルのくちばしは、虫料理なんかよりははるかにましだと思えたからだ。
恐怖心を押さえながらアヒルのくちばしを自分の口に入れ、恐る恐る噛んでみた。もしかしたら、それを噛んだ時は目を閉じていたかもしれない。
しかし、意外や意外、アヒルのくちばしは、まるでお煎餅のようなものだった。味としては悪くない。そこそこいける味だ。しかし、どうしてもアヒルのくちばしが頭に浮かんでしまい、ちょっと気持ち悪かったのも事実。
まさかの虫料理
後日、パーク・ペット同様、イサーン料理屋でのこと。今度は合計6~7名の団体でレストランへ行った。ウエイターが持ってきたメニューを広げると、いきなりカエルの写真…。「ここはゲテモノ料理専門店?」という不安が脳裏をかすめた。
気を取り直してメニューを見てみると、普通の美味しそうな料理の写真もあったので一安心した。ところが知人の一人が、芋虫を炒めたような料理の写真を指して「これ大好き!」なんてことを言いだした。
当然、こちらとしては防御体勢に入るしかない。「こういう料理はダメ!食べられないから!」
しかし、みんなは食べる気満々の様子。結局、押し切られ、虫料理を一皿注文する羽目になった。食べられないと宣言はしたものの、それで済むはずはない。案の定「食べてみろ」とすすめられ、食べることになってしまった。
虫料理が載った皿を「さあ、取って」という感じでこちらに差し出してきたのだった。しょうがないので虫を吟味して、ちゃんと炒められて茶色になっている虫を選んだ。
そして、しばらく箸でつまんだ虫を見つめ、精神を整え、気合が入ったところで一気に口に入れた。空手家がレンガを割る時のように。
ポリポリ。塩味が効いている。意外なことに、虫だと知らなければ素直においしいと思う味だった。しかし、たとえ味はいけてるとしても、虫であることには変わりないので、これで勘弁というのが正直なところだった。
ちょっと白い部分がある虫
1つ食べ終わると知人がもう1つすすめてきた。「これも食べてみて」
意地が悪いことに、食べる虫が指定されている。なんか炒め方が十分でない白っぽい部分がある虫だった。こんな虫が混ざってたので、最初に食べる虫を選ぶ時に慎重になったのに。
「これはちょっと無理かも…」と思った。
しかし、またもや知人の強いすすめで食べる羽目になってしまったのであった。2度目なので最初ほどの抵抗感はなかったものの、白っぽい部分を見ると口に入れるのを躊躇してしまう。
周りの知人たちは好奇心一杯の眼で見ていたが。この心理は非常に理解できる。納豆などの未知の食べ物を前に、困った顔をする外国人を見るのは楽しいもの。これと同じである。
食べたくはなかったが、ここで食べないのもサービス精神に欠けると思い、ついに決心して口に入れた。カリカリとしていたが、やはりぷにゅーとする感じがした。きっと白っぽい部分だったに違いない。おそらく、その部分を噛んだ時は苦悶の表情だったと思う。
このタイプの虫はカリカリしていないと厳しい。そう感じた虫料理であった。
虫料理といっても、この手のものでまだ良かったのかもしれない。イナゴの佃煮くらいなら日本でも時々見かけるし、虫料理でもイナゴ程度の大きさの虫なら見るのは問題ない。食べることはできないが。
しかし、タイの屋台で見かける、タガメのように大きな虫は、さすがに無理だ。あれほど大きな虫は、サービス精神という単純な動機だけでは到底食べられそうにも