ざきログ

Zakki Log - つらつらと、気になることを綴ってみます -

1票1,000バーツの金が飛び交うタイの選挙

以前、タイのバンコクにSkype(スカイプ)仲間がいた時のこと。

彼女はイサーン(タイの東北部)出身で、バンコクの私立大学を卒業し、当時アパレル関係の営業をしていた。その彼女がタイの選挙事情について話してくれた。

 

 

タイの選挙

その彼女が長い休みでもないのに、週末にイサーンの田舎に帰ることになった。理由を尋ねると、父親の選挙の関係とのことだった。

彼女の父親はある長の職位にあるが、任期満了に伴い、新たな選挙が行われるとのこと。つまり、その職位の座をかけ、彼女の父親が選挙に立候補してきた対立候補を迎え撃つという構図であった。

彼女の父親が公職にあるとは知らなかったので、「お父さん、市長(นายกเทศมนตรี)なの?」と尋ねたところ、彼女は否定した。

市長ではなく、「プーヤーイ・バーン」という名の職位だそうだ。説明を受けたにもかかわらず、「プーヤーイ・バーン」についてはよく理解できなかったので調べてみた。

 

プーヤーイ・バーンとは?

タイでは行政の末端組織に「ムーバーン(หมู่บ้าน)」というものがある。

ウィキペディアによると

 

地方行政の単位で、タンボン(町)の下位にあり、地方行政最下位の組織である。通常「村」と訳される。

 

とある。

 

ja.wikipedia.org

 

また、英語版のウィキペディアを参照してみると

 

As of 2008, there were 74,944 administrative muban in Thailand.[1] As of the 1990 census, the average village consisted of 144 households or 746 persons.

 

とある。

 

en.wikipedia.org

 

最初に想像していたのは町内会のような組織だったが、タイ国内に74,944のムーバーンがあり、1つのムーバーンは平均で約746人で構成されているので、町内会よりははるかに大規模な組織のようだ。

また、日本語では便宜上「村」と訳されるが、日本の村とはかなり意味合いが異なりそうだ。

そして、ムーバーンの長として公選で選ばれるのが「プーヤーイ・バーン(ผู้ใหญ่บ้าน)」ということが分かった。

後日、彼女に「ムーバーンの長のプーヤーイ・バーンだね?」と聞くと、この認識で正しいということだ。

 

プーヤーイ・バーンになるために

彼女は選挙が近づくにつれ、いろいろと手伝いがあるのか、毎週のように実家に帰るようになった。

そんなある日、彼女は「選挙に、あと20,000バーツ必要」と言いだした。理由を聞くと驚いた。

「1,000バーツずつ、20人に配るから」

ポスターなどの選挙費用かと思ったのですが、有権者に金を配るというのだ。これは、日本の公職選挙法でいうところの買収に当たる行為ではないのか。

有権者に金を配るのは法律に触れないのかと尋ねると、

「良くないことだけど、あと20票必要だから」

という答えだった。

 

プーヤーイ・バーンの報酬

彼女からプーヤーイ・バーンに関する話を聞いている内に、プーヤーイ・バーンの給与の話題になった。

「父の月給、いくらか知ってる?」

おそらくプーヤーイ・バーンの月給は、公務員、あるいは公務員に準ずる給与体系に基づくものと想像した。

タイでは一般企業と比較し、公務員の福利厚生が充実している。そのため公務員の職は人気が高いが、給与は少ないのが一般的である。

とはいうものの、地区の長の地位なので、20,000バーツ程度はもらえるのではないかと想像した。

しかし、彼女によるとプーヤーイ・バーンの月の報酬ははるかに下であった。

「たった6,000バーツよ」

この答えは信じられない。おそらく、彼女の父親は、他に本業があるかサイドビジネスを行っているはずだと確信した。

月給6,000バーツはバンコクでは最低賃金で、デパートガールと同じ水準になる。この月給では、娘をバンコクの私立大学に行かせることなど到底無理である。

 

プーヤーイ・バーンの特権

更に話を聞くと、プーヤーイ・バーンは月給の他にコミッションをもらえることが分かった。コミッションとはどのようなものかと尋ねると、

「ムーバーンで何か行われれば、数パーセントのコミッションがもらえる」

ということだった。

おそらくこういうことだろう。彼女のお父さんがプーヤーイ・バーンを務めるムーバーンで公共工事などが行われれば、お父さんは工事費用の数パーセントのお金がもらえると。

もしコミッションという報酬を受け取ることが法的に認められているなら、ムーバーンにおけるコミッションとは、合法的にシステム化された賄賂と言える。しかし、コミッションがタイの法律に反するものなら、単純に公職者の賄賂となるだろう。

この点については確認できなかったのが残念だ。

いずれにせよ、このコミッションが純粋な給与の額よりはるかに大きいのではないかと推測される。

後日談だが、買収に失敗したせいか、彼女のお父さんは選挙に敗れてしまった。

しかしながら、この選挙を通じ、彼女からいい話を聞かせてもらったと思う。小さいムーバーンの選挙とはいえ、タイの選挙の生々しい実態を知ることができたからである。