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絶対に間違えてはいけないタイ語の声調

タイ語の声調は非常に大切だというお話である。

 

読み方で意味が変わる声調

タイ語を学習する際、声調のない日本語を母語とする我々には想像できないことの1つに「声調」がある。

学習論的にいうと、タイ語の声調には「平声」「低声」「下声」「高声」「上声」の5種類あり、各声調は次のように発音する。

 

  1. 平声:普通の声の高さで抑揚をつけずに発音する
  2. 低声:低い声で抑揚をつけずに発音する
  3. 下声:高いところから下降するような調子で発音する
  4. 高声:高い声で、更に高くするように発音する
  5. 上声:低い声から上昇するように発音する

 

1つの語を尻上がりに読んだり、逆に尻下がりに読んだだけで意味が大きく異なってしまうという恐ろしいものだ。

例えば、下の3つの語句はカタカナで表記すると全て「マーマー」である。

 

  1. หมามา(犬が来る)
  2. มา้มา(馬が来る)
  3. มาม่า(マーマー)

 

3番目の「マーマー」はタイのインスタントラーメンのブランド名で、日本でいえば「サッポロ一番」や「出前一丁」みたいのものだ。

上記の赤で示した3つの「マー」と、いずれにも出てくる「มา」の合計4つの「マー」は発音する際の音自体は簡単である。普通に「マー」と言えばいいだけである。

しかし、4つの「マー」は全て音調が異なる。「犬」なのに「馬」と言ってしまうことなどが起こりやすいわけである。

それでも、この程度の間違いならタイ人が笑いながら正しい声調を教えてくれるかもしれないし、次から気を付ければいいだけだ。

しかし、声調を間違えるととんでもない意味のタイ語になってしまう語句もある。

 

「切符売場」というタイ語

Skypeでタイ語の勉強していた時のことである。いろいろな表現を講師の後について発音していた。

ที่ขายตั๋ว

ティー・カーイ・トゥア

というところで講師の女子大生が大笑いした。「切符売場」という意味だが、読み方は間違ってないはず。

(失礼な講師だな…)

と思ったが、すぐに声調を間違っていたことに気がついた。「ที่ขายตั๋ว」ではなく「ที่ขายตัว」と発音していたのだ。

しかも「ที่ขายตัว」は非常にヤバイ表現である可能性が高いことにも気づいた。

「ตั」の上に「+」の声調記号があるかないかで、「切符売場」という意味のタイ語はとんでもない意味になってしまうのである。

 

声調を絶対に間違えられない時もある

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「ティー・カーイ・トゥア・ユー・ティーナイ」とカタカナで書かれたタイ語を見せられ、「これどういう意味?」と聞かれても「分からない」としか言いようがない。

「ユー・ティーナイ(อย่ที่ไหน)」はいいだろう。よく使われる表現だ。「~は、どこですか?」という場所を聞いている表現だというのは容易に想像できる。

しかし「ティー・カーイ・トゥア」についてはどう答えたらいいのか分からない。いろいろと想像して可能性のある答えは示せるが、どれが正解かは確信が持てない。タイ語をカタカナで表記する場合、ほとんどがこのような感じになる。

「切符売場」の場合、タイ語では「ที่ขายตั๋ว」と表記される。「ที่(ティー)」が「場所」、「ขาย(カーイ)」は「売る」、「ตั๋ว(トゥア)」は「切符」で、「切符売場」を意味することになる。 

「ตั๋ว(トゥア)」は「上声」の発音になる。しかし、「トゥア」の語を平坦に読んでしまった場合は大変である。この場合のタイ語表記は「ที่ขายตัว」となる。前述したように、表記上は「ตั」の上に小さな「+」があるかないかだけだが意味が大きく異なる。

「ตัว」は「体」という意味である。つまり「ที่ขายตัว」は、文字通り「体を売る場所」ということになる。

これがどのような場所かはお分かりであろう。決して公共の場所で使用すべき言葉ではない。勘違いしてもらっては困るので、別に奴隷市場の意味ではないことだけは書いておこう。

BTSのサヤーム(サイアム)駅にはチュラロンコーンの女子大生が大勢いる。そのサヤーム駅で切符売場が見つからないので、近くにいた女子大生に

ที่ขายตัวอย่ที่ไหนครับ(ティー・カーイ・トゥア・ユー・ティーナイ・クラップ)

などと尋ねてしまったらどうなるだろうか?

馬鹿にされたと思われ、蹴りを食らってもしょうがないかもしれない。

ที่ขายตัวだと?あんた、あたしのことなめんなよ!

このやり取りを日本語で考えれば、想像が付くであろう。もっとも、制服姿のチュラロンコーンの女子大生ではスカートがきつく、大した蹴りはできないかもしれないが。 

これがタイ語の声調の怖さである。タイ語に限らず、声調のあるその他の言語にも当てはまるであろう。そして、この例のように絶対に声調を間違ってはいけない時もあるのだ。 

 

普通のタイ人は正しいタイ語を類推してくれない

外国人から読み方の間違った日本語で話しかけられたとする。

このような場合は頭をフル回転させ、その外国人が何を言いたいのかを類推するだろう。

有名なのは満員電車で外国人が「コロシテクダサイ」と叫ぶやつだ。普通の日本人なら「ああ、降ろして下さいって言ってるんだな」と類推するのではないだろうか。この場合は、母音が同じで子音が違うという比較的簡単な類推で済む。

スミマセン、コロシテクダサイ!

(きっと「降ろして下さい」って言いたいんだろうな…」)

これと同様に声調を多少間違っても、タイ人は正しいタイ語を類推して理解してくれるだろうと思うかもしれない。しかし、タイ人にとって声調の違いは類推できる範疇ではないのである。

つまり、タイ人にとっては、ある単語の発音を聞いて、同じ発音だが声調が異なる単語を類推できない場合が多いのだ。

相手が声調を間違った場合に正しいタイ語を類推できるタイ人は、外国人にタイ語を教えているなど、よほど外国人の間違ったタイ語に接し、間違いのパターンに慣れた人に限るのである。

 

タイで切符売場を見たら声調のことを思い出すべし

「คนขายตัว」については、聞いても怒らなそうなタイ人の年配の女性に質問し、やはりNGワードの類であることを確認した。

これを読んでいる皆さんも「切符売場」を見たら、「タイ語では声調が大切なんだ!」と思いだしてほしい。

更に「คนขายตั๋ว(コン・カーイ・トゥア;切符を売る人)」という言葉には、より一層の注意が必要だ。「คนขายตัว」などと決して人前で言ってはならない。特に女性の前では。