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ペンシルベニア州立大学のホワイトアウトがすごい!

アメリカで最も人気があるスポーツはアメリカンフットボール(アメフト)だ。プロスポーツであるNFLはもちろんだが、大学のカレッジ ・フットボールもかなりの人気である。

各大学は独自のスタジアムを持ち、10万人以上収容可能なスタジアムを所有している大学もある。観客の多くは学生などの大学関係者で、選手と同じコミュニティに属しているため、応援にも熱気があり、スタジアムの雰囲気はNFLを超えるほどである。

 

ペンシルベニア州立大学のホワイトアウト

アメフトの試合での各大学応援の方法は異なるが、スタジアムを白一色にするペンシルベニア州立大学のホワイトアウト(white out)はスタジアムを素晴らしい雰囲気にする。

ペンシルベニア州立大学は、「ペン・ステート(Penn State)」と略して呼ばれるので、以後「ペン・ステート」とする。 

ペン・ステートのフットボールチームの正式な名前は"Penn State Nittany Lions"で"Nittany Lion"という名前のライオンがマスコットになっている。チーム名の由来は、大学の近くにMount Nittany(ニッタニー山)があり、その山をライオンが徘徊していたことからきている。 

 

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Penn Stateのホワイトアウト

 

試合当日はスタジアムが白一色に染められ、花火も打ち上げられる。ただし、時には白と紺の2色を使用することもあるようだ。

下記の2つの動画は、試合当日の様子を映像に収めたものである。 

 

 

 

ジョン・カペレッティ 

ペン・ステートで忘れてならない選手はジョン・カペレッティ(John Cappelletti)であろう。

ジョンはペン・ステートでランニングバックとして活躍した選手である。彼にはジョーイ(Joey)という名前の弟がいた。しかし、ジョーイは白血病に侵されていた。

ジョーイにとってジョンはカレッジ・フットボールのスターであった。ジョンはジョーイの誕生日プレゼントとして1試合で4つのタッチダウンを約束し、みごと約束を果たした。その後もジョーイを励ますためにタッチダウンを重ねていった。

そして、ジョンが大学最後の年の1973年に、カレッジ・フットボールの優秀な選手に贈られるハイズマン・トロフィーを受賞したのである。ハイズマン・トロフィーについては、下記のWikipediaを参考に。 

 

ハイズマン賞 - Wikipedia

ハイズマン賞(ハイズマンしょう)(The Heisman Memorial Trophy Award) は、往年の大学フットボール選手であり監督でもあったジョン・ハイズマン(en:John Heisman)の名を冠した大学アメリカンフットボールの賞で、各年に最も活躍した選手に与えられる。ハイズマン・トロフィーとも呼ばれる。

 

この実話をもとに作られたのが"Something for Joey(邦題:ジョーイ)というテレビドラマである。アメリカではテレビで放映されたが、アメリカ以外の国では映画館に配給された。

この映画のクライマックスは、ハイズマン・トロフィーの授賞式でのジョンのスピーチである。

ジョンのスピーチの部分は実際の映像が残っており、下記の映像は音声がないが会場の雰囲気が分かるであろう。 

 

 

画質が悪いが音声付きの映像もある。

 

www.theretrosite.com

 

そして、ジョンのスピーチの一部もネットで見ることができる。 

 

John Cappelletti's Heisman Trophy Speech

 

スピーチの中でジョンは次のように話している。

 

I think a lot of people think that I go through a lot on Saturdays and during the week as most athletes do, and you get your bumps and bruises and it is a terrific battle out there on the field. Only for me it is on Saturdays and it’s only in the fall. For Joseph, it is all year round and it is a battle that is unending with him and he puts up with much more than I’ll ever put up with and I think that this trophy is more his than mine because he has been a great inspiration to me.

 

要約すると「私が戦うのはフィールドの上だけ、しかもアメフトのシーズンの秋の土曜日だけである。しかし、ジョーイは1年じゅういつも闘っている。」と言い、「ジョーイこそハイズマン・トロフィーを受賞するにふさわしい。」と述べている。

ジョーイは大学卒業後、NFLでプロとして活躍するが、ジョーイは3年後の1976年にこの世を去った。ジョーイの死をニューヨークタイムズは下記のように報道している。

 

www.nytimes.com

 

PHILADELPHIA, April 8 (AP)—Joey Cappelletti, the 13‐year‐old brother of the Los Angeles Ram football star, John Cappelletti, died of leukemia at his home in suburban Upper Darby today. John, who won the Heisman Trophy as college football's outstanding player in 1973, dedicated the award to his younger brother in his acceptance speech.

 

ジョンは現在も健在で、オフィシャル・ウェブサイトもある。 

 

Home " JohnCappelletti73Heisman.com

 

映画「ジョーイ」はDVD化されておらず、現在視聴することができない(VHSならある)。しかし、日本語の字幕なしでもいいならYouTubeで見ることが可能だ。現在のところ「Something for Joey」で検索すると映画を見ることができる。ただし、違法アップロードの可能性が高いので、ここには載せないことにする。

 

ペン・ステートのスキャンダル

ジョンとジョーイのような感動的な話ばかりならいいのだが、ペン・ステートでは2011年に大きなスキャンダルが起きた。

アメフトの元アシスタントコーチのジェリー・サンダスキーが、長年にわたる少年への性的虐待疑惑で起訴されたのである。

 

www.newsweekjapan.jp

 

そして、サンダスキーの性的虐待を隠蔽した疑惑で、ペン・ステートの学長は解職され、更にアメフト部の伝説的な監督であったジョー・パターノ監督も解雇されてしまった。

ジョー・パターノはジョンがペン・ステートでの選手時代の監督でもあり、長年ペン・ステートのアメフトに貢献してきた人物である。

その後も、元FBI長官のフリー氏を委員長とする第三者の委員会が疑惑を調査することになった。

 

www.newsweekjapan.jp

 

上の記事では、パターノ監督が隠蔽工作に関わっていたことが書かれている。

 

「事件の隠蔽工作に関しては、パターノ監督が積極的に指揮をしていた」という事実が明るみに出たのです。

 

その結果、ペン・ステートのフットボールスタジアムの前にあった、直接事件には関わってなかったパターノ監督の銅像が撤去されてしまった。さらに、NCAA(全米大学体育協会)はペン・ステートに対し、厳しい処分を下したのであった。

様々なことがあったかもしれないが、ペン・ステートはホワイトアウトの伝統を守ってほしいものである。