apriori-eye

アプリオリアイ - 旅から哲学まで、日常の「なぜ」を解き明かすブログです -

宮島の大聖院の心和ませてくれる仏像たち

広島県廿日市市にある宮島は厳島(いつくしま)とも呼ばれている。

そして、宮島といえば厳島神社である。朱色と白の美しい神社であり、満潮時は海水が縁の下まで押し寄せ、まるで海に浮かんでいるような幻想的な光景となる。

しかし、宮島にあるのは厳島神社だけではない。ちょっと山の方に足を運べば、大聖院というお寺がある。

宮島にある面白いお寺、大聖院を紹介してみたい。

 

 

期待を裏切らない宮島

「安芸の宮島」といわれる有名な宮島であるが、鹿がいて、海に大きな鳥居があるというイメージしかなかった。鹿は奈良公園にもいるし、海に立つ鳥居も、別に宮島だけではない。

さっさと回って宮島の観光は終わりにしようと思っていたが、実際に行ってみると、名のある土地はそれなりに満足を与えてくれるものだと感じる。

厳島神社は予想以上に素晴らしかった。朱色と白のハーモニーが美しいことに加え、海の側という立地が厳島神社を独特のものにしている。

干潮時と満潮時では、全く別の姿を見せてくれる。これが厳島神社の魅力の1つだろう。

 

広島県廿日市市にある朱色が美しい厳島神社

厳島神社

 

そして、宮島といえば鹿である。

宮島の鹿は、奈良公園の鹿と違い神聖なものではないので、多少不遇な存在かもしれないが、宮島観光のアクセントとなっているのは間違いない。

 

広島県にある宮島で外から飲食店の店内を覗く鹿

宮島の鹿

  

独特な真言宗のお寺

宮島の山を登って行くと、大聖院というお寺がある。

大聖院は真言宗御室派の大本山の寺院である。旅をしていると、時々真言宗のお寺を見学する機会があるが、真言宗のお寺はちょっと独特な感じがすることが多い。

真言宗のお寺は、どことなく派手な印象を受ける。建築スタイルは異なるが、タイやインドのお寺のようなきらびやかさと、何でもありな雰囲気がぷんぷんするのだ。

そのため、旅行中に変わったお寺があったら「真言宗のお寺かも」と思い、宗派を調べてみると「やっぱり真言宗だった」とケースも多い。

そんな真言宗のお寺の中でも、かなり独特なのが宮島の大聖院ではないだろうか。

 

楽しい仏像と石像がいっぱいの大聖院

厳島神社から山道を歩いていると大聖院へつながる石段がある。ちょっと長い石段を上がると大聖院に到着する。

大聖院に着いてびっくりするのは、かなりユニークな仏像や石像が多いことである。これらの展示物は見ているだけで楽しくなり、頬が緩んでしまう。

下の金色の仏像はかなり気に入ったものだが、何かのキャラクターになりそうなくらい素晴らしいできだ。

 

宮島の大聖院にある微笑む黄金の仏像

黄金の仏像

 

下の写真は、お坊さんの石像であろうか。ニコニコしている顔の表情がとてもいい。また、二頭身なところもかわいい。

両手首に掛けられた数珠は檀家の方が掛けたのだろうか?

 

宮島の大聖院にある可愛い僧の石像

可愛い僧の石像

 

アンパンマンにびっくり

極めつけはこれだろう。

何とアンパンマンの石像である。例えば、石屋さんの店先に客寄せ用として飾られているのなら分かる。しかし、れっきとしたお寺に展示されているのである。

アンパンマンの像を見た時は、頭を殴られたような衝撃を受けた。と同時に、「やはり真言宗は懐が深い」と思わざるを得なかった。

「お寺でアンパンマンはありなのか?」などという愚問を問うてはいけない。

 

宮島の大聖院にあるアンパンマンの石像

アンパンマンの石像

 

上記の他にも楽しい石像がたくさんあり、楽しくお寺の境内を見学できる大聖院である。

 

大聖院の境内にあるおみくじ市場

大聖院の境内におみくじを売っている一角がある。その建物の中に入ると、これまたびっくりである。

まるでショッピングモールのガチャガチャ売り場の一角のように、所狭しと様々なおみくじが売られているのだ。

 

宮島の大聖院の招きねこみくじ

招きねこみくじ

 

しかも、招き猫やら鹿の形をした、デザインの凝ったおみくじで、思わず買いたくなってしまうものが多い。

いろいろな種類のおみくじを見ていると、「大聖院、商売うま過ぎだろ」とつっこみたくなってしまう。

 

宮島の大聖院の招き猫おみくじ

招き猫おみくじ

 

真言宗のお葬式に興味津々

大聖院へ行って以来、真言宗に対する興味が膨れ上がった。

そんな折、とある知人が親類が亡くなったということで、その葬式へ行った。後日、その知人は葬式での出来事について話をしてくれたのだが、これが面白い。

その知人の親類は真言宗の檀家で、読経するのはもちろん真言宗のお坊さんである。

知人によると、読経の最中、お坊さんは指をパッチンパッチン鳴らしながら踊っていたそうである。

お坊さんの後ろにいる参列者は、みんな肩をひくひくと震わせていたそうだ。泣いているのではない。笑いをこらえているのだ。

さすが真言宗だ。期待を裏切らない。

悲しむだけの葬式がいいとは限らない。死生観が変化している今の時代、笑って故人を見送るのも悪くはないのではないだろうか。

 

宮島弥山大本山大聖院のウェブサイト

トップ | 宮島弥山 大本山 大聖院

 

こちらの記事もおすすめ

www.apriori-eye.com