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フルートを吹くゴールパフォーマンスから見える北アイルランド問題

イギリスにポール・ガスコイン(Paul John Gascoigne)という元サッカー選手がいる。問題の多い選手だったが、「ガッザ(Gazza)」という愛称で国民から愛される選手でもあった。

このポール・ガスコインがサッカーの試合で、カトリック教徒を侮辱するゴールパフォーマンスを行い問題となったことがある。

 

 

ポール・ガスコインのゴールパフォーマンス

ポール・ガスコイン(以下、ガスコイン)がスコットランドのレンジャーズFC(Rangers Football Club)でプレーをしていた時、ある事件が起こった。それは、オールドファーム(Old Firm)と呼ばれるグラスゴーダービーのライバルチームであるセルティックFC(The Celtic Football Club)との試合での出来事であった。

この試合でガスコインはゴールを決めたが、ゴール後にフルートを吹く真似をするというゴールパフォーマンスを行った。ガスコインが行ったフルートのゴールパフォーマンスは物議をかもし、結果的に、ガスコインには2万ポンドの罰金が科せられたのである。

このガスコインの事件に関し、Wikipediaには次のように記されている。 

1998年1月2日に行われたセルティックFCとのダービーマッチにおいて得点を決めた後にセルティックのサポーターに対し、フルートを吹くパフォーマンスを行って挑発したことが、カトリック教徒への侮辱として問題視され、2万ポンドの罰金を科せられた

 

ja.wikipedia.org

 

Wikipediaでは、ガスコインのフルートを吹くパフォーマンスが、「カトリック教徒への侮辱」であるという説明がされているが、これを読んで、なぜガスコインの行為がカトリック教徒への侮辱だったのか理解できるであろうか?もし、理解できるなら、北アイルランド問題にかなり詳しいと思われる。

 

なぜフルートを吹くゴールパフォーマンスが非難されたのか

フルートを吹く仕草がカトリック教徒への侮辱とされるのには理由がある。この理由を知るには、300年以上前のイギリスとアイルランドの歴史を知る必要があるのだ。

 

天下分け目の戦い「ボイン川の戦い」

イギリスでは、1688年の名誉革命でジェームズ2世が王座から追放された。これ以降、イギリスでは王位継承に宗教問題が絡み、カトリックとプロテスタントの対立が激しくなっていった。

そして、カトリックとプロテスタントは戦闘を交えるようになる。カトリックの勢力はジェームズ2世率いるアイルランド軍で、一方のプロテスタントはオレンジ公ウィリアム3世が率いるイングランド・オランダ軍だ。

この戦いは、グレゴリオ暦の1690年7月12日、アイルランドで行われた「ボイン川の戦い(Battle of the Boyne)」でプロテスタントが勝ち、宗教戦争の趨勢はほぼ決まった。

中学生や高校生が好みそうな「ボイン川の戦い」という歴史用語であるが、この戦いは、イギリスとアイルランドにおけるカトリックとプロテスタントの天下分け目の戦いだったのである。

カトリック教徒のアイルランド人にしてみれば、このボイン川の戦いでの敗北は、今もなお屈辱なのである。

 

プロテスタントのオレンジオーダー

イギリスは、宗教戦争で最もカトリック勢力の抵抗が激しかったアイルランドの北部にプロテスタントを移民させた。

アイルランド北部に移民したプロテスタントは、オレンジオーダーという結社を組織した。オレンジというのはオレンジ公からきており、オレンジ色がプロテスタントの色となっている。ちなみに緑色はカトリックの色で、ラグビーやサッカーのアイルランド代表のユニフォームが緑色なのはこのためである。また、オランダのサッカー代表のユニフォームは、プロテスタントを表すオレンジ色になっている。

オレンジオーダーはプロテスタントの勝利を記念し、毎年、ボイン川の戦いに勝利した7月12日にパレード(オレンジオーダーパレード)を行うようになった。このパレードは、当初はイギリス本土からの移民が多かったアイルランド北部だけで行われていたが、後にイギリスのブリテン島でも行われるようになったのである。

 

北アイルランド問題

アイルランド北部では、カトリックとプロテスタントの反目が続いたが、それが爆発したのはアイルランドがイギリスから独立した時である。

アイルランドはアイルランド島全土を国土として独立したが、プロテスタントの多いアイルランド北部はイギリスに帰属することを願い出た。アイルランド島がアイルランドとして独立した場合、アイルランド北部にしかいないプロテスタントが、アイルランド全体としては少数派になってしまうのを恐れていたからである。イギリスはこれを承諾し、アイルランド北部は北アイルランドとしてイギリス領になったのだ。

カトリック系のアイルランド人はこれに反発し、過激な者は武力闘争を行った。プロテスタント系もこれに応酬し、北アイルランドは泥沼の状況になった。これが現在も尾を引く北アイルランド問題である。

 

オールドファームでの宗教対立

イギリスのイングランドでは、サッカークラブの宗教的対立はかなり薄まっている。イングランドのサッカー協会の努力なのか、それともイングランドのプレミアリーグが世界的に人気になり、そのファン層が大幅に変わったのか理由は定かではないが、宗教色は薄まっていることは事実である。あるクラブの起源がカトリック系かプロテスタント系かは、よほどそのクラブの歴史に詳しくないと分からないケースが多い。

しかし、その反対を行くのがスコットランドリーグのオールドファーム、すなわちグラスゴーで行われるダービーマッチだ。カトリック系のセルティックとプロテスタント系のレンジャーズの試合である。グラスゴーのダービーマッチは、誰もが認める宗教の戦いなのである。

 

プロテスタントの象徴であるフルート

オールドファームでガスコインがゴールを決めた際、フルートを吹く仕草のゴールパフォーマンスを行い、この行為がカトリックへの侮辱とされたが、その理由は、前述のオレンジオーダーパレードにある。

毎年7月12日に行われるオレンジオーダーパレードで、最も象徴的なのがフルート隊なのだ。フルートはオレンジオーダーパレードのシンボル、すなわちプロテスタントのシンボルであり、フルートを吹く仕草はボイン川の戦いに敗北したカトリックを侮辱する行為なのである。

オレンジオーダーパレードのフルート隊は、下記の動画の3分くらいから始まる。 

 

 

今でも愛されているポール・ガスコイン

カトリック教徒からは非難されたガスコインではあるが、レンジャーズのファンからは、今なお愛されている。レンジャーズファンは、もちろんプロテスタントである。ガスコインが行ったフルートのゴールパフォーマンスから長いこと経つが、今でもガスコインのゴールパフォーマンスが描かれたポスターなどが販売されている。

ガスコインのゴールパフォーマンスは、カトリックにとっては侮辱的なものだが、プロテスタントにとってみれば爽快なものなのだろう。

 

www.blueroomart.co.uk

 

ガスコインのフルートを吹く真似は、実はゴールパフォーマンスだけではない。ピッチでウォーミングアップの最中にも行なっている。下の動画は、ガスコインの貴重な映像である。

 

 

また、ホテルで行われたショーにおいても、ガスコインはフルートのパフォーマンスを行っている。

 

www.mirror.co.uk

 

フルートのゴールパフォーマンスの後、ポール・ガスコインはカトリック系アイリッシュの過激派らしき団体から脅迫を受けるようになった。

一連のガスコインのゴールパフォーマンスとその波紋を考えると、サッカーにおける宗教対立には根深いものがあると思わざるを得ない。